2001.8 ティグリス川をのぞむ
ここでちょっと昔の話。 1990年8月2日。その日私は2つの国境を超えようと朝早くホテルを発つ。シリアから、 トルコ側の国境ヌサイビンまではなんなく通過。 バラ線が土砂漠にころがる国境沿いをミニバスで走ること半日、ついにトルコ-イラク国境へ! ボーダーポストを目の前にして気合を入れる私。しかし、However!"Today not open!" なんで~。まだ14時なのに。わけもわからず20キロ引き返して、ホテルへ。 まあ、こんなこともあるかなと、とりあえず何もないさびしい町で一泊。 翌日"Today no"。おかしいな。でも、 イラクへの物資を運ぶカミヨンもやっぱり通れないらしくて、すでに入国町の列は数キロ続く。。。 私が大学に入ったころはまだイラン・イラク戦争なんていう時代。それが、3年のうちに情勢は変わり、 89~90年には一般の旅行者が入国できるほどに。おー、 世界史はどんどん書き加えられるんだなと関心したものでした。 イスタンブールで苦労のすえ、イラクのVISAを取得。同じホテルに泊まっていた、富永さん (旅行人の地図を描いている方です)が、 まさに直前にイラクを5週間旅行して帰ってきたところだったので 「もう少しで情報ノートを書き終わるからね」と、詳しく書いてくれたんです。 できたてホヤホヤの地図を持って、準備万端。憧れのイラクに行ける!! それなのに・・・ 故郷付近では、英語もろくに通じないので、待たされる2日目にはかなりヒステリックになってしまい、 現地の人には八つ当たりして迷惑かけました。わけもわからず、さすがにおかしいので、 イスタンブールのホテルに電話。そのときやっと何が起こったか知ったのです。 イラクがクウェートに侵攻したと。 その後とりあえず心配しているだろう家族に連絡を取ろうと、 引き換えして戻ってきたのが今日滞在しているディアルバクル。 ここは10年前とあんまり革っていません。ケバブのこげるにおい。ジャポニ!と呼びかける子供たち。 おしゃべりで一日終わるおじいちゃんたち。 でも、オトガルでBAGDAD行きの表記を見つけられなかったのは、あの日以来、 いまだに国境が開いていないっていうこと。 ラピスラズリや黄金でできたイシュタール門。南米ペルーと同じ葦の家で水の上に住む人々…。 やっぱりイラクに行って見たいな。今日もティグリス川を眺めながら、思い出します。 イラクへ入国できなかった事件は、私にとって自分ががんばっても努力しても、 どうにもできないことがあるんだなと、初めて思い知らされた出来事であり、 少なからず自分の人生が世界史上の事件に左右されたと実感した、悔しいけど貴重な事件でした。 いつか、私が元気で旅行できるうちに、あの国境を超えられたらいいなと思う、2001年の夏でした。
夕暮れのチグリス川 ディヤルバクルの城壁から トラックバックこの記事のトラックバックURL: コメントコメントしてください |



