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Bazaarの風景 庶民のスーパーマーケット
BAZAARの風景
庶民のスーパーマーケット
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イラン・タブリーズのバザール。
中世以来のドーム型の屋根から光が差し込む
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ブロックごとに日用品、食料、
金製品などに分かれている。狭い中リヤカーで荷物を運ぶ人が行き来する
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イランもとにかくチャイ。
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天井から吊られたランプ。ムード満点
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モスクや古い家からはがしてきたタイルを売る店。
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イスファハンのバザールで。お宝はあるかな。。。
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ところ変わってイスタンブールのエジプシャンバザール。
こちらも屋根付きバザール。
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よく見ていると、
トルコの人も結構買ってるみたい。お土産以外でも、
どこでも売ってる目玉のお守り
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ディスプレイにも力がはいってます
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スパイス・チャイ・タバコ・香水・甘いお菓子・・
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2001.8 ティグリス川をのぞむ
2001.8 日記 ティグリス川をのぞむ
マラテヤを経由して、ディヤルバクルへ到着。この町に立ち寄りたかったのは、キリムのことじゃなくて、 以前素通りしてしまったのになぜかひっかかっていたから。 万里の長城に次ぐといわれる城壁に囲まれた古い町。トルコというより、シリアの雰囲気に似た、 トルコでもっとも暑い町。
ここでちょっと昔の話。
1990年8月2日。その日私は2つの国境を超えようと朝早くホテルを発つ。シリアから、 トルコ側の国境ヌサイビンまではなんなく通過。 バラ線が土砂漠にころがる国境沿いをミニバスで走ること半日、ついにトルコ-イラク国境へ!
ボーダーポストを目の前にして気合を入れる私。しかし、However!"Today not open!"
なんで~。まだ14時なのに。わけもわからず20キロ引き返して、ホテルへ。
まあ、こんなこともあるかなと、とりあえず何もないさびしい町で一泊。
翌日"Today no"。おかしいな。でも、 イラクへの物資を運ぶカミヨンもやっぱり通れないらしくて、すでに入国町の列は数キロ続く。。。
私が大学に入ったころはまだイラン・イラク戦争なんていう時代。それが、3年のうちに情勢は変わり、 89~90年には一般の旅行者が入国できるほどに。おー、 世界史はどんどん書き加えられるんだなと関心したものでした。
イスタンブールで苦労のすえ、イラクのVISAを取得。同じホテルに泊まっていた、富永さん (旅行人の地図を描いている方です)が、 まさに直前にイラクを5週間旅行して帰ってきたところだったので 「もう少しで情報ノートを書き終わるからね」と、詳しく書いてくれたんです。 できたてホヤホヤの地図を持って、準備万端。憧れのイラクに行ける!! それなのに・・・
故郷付近では、英語もろくに通じないので、待たされる2日目にはかなりヒステリックになってしまい、 現地の人には八つ当たりして迷惑かけました。わけもわからず、さすがにおかしいので、 イスタンブールのホテルに電話。そのときやっと何が起こったか知ったのです。 イラクがクウェートに侵攻したと。
その後とりあえず心配しているだろう家族に連絡を取ろうと、 引き換えして戻ってきたのが今日滞在しているディアルバクル。 ここは10年前とあんまり革っていません。ケバブのこげるにおい。ジャポニ!と呼びかける子供たち。 おしゃべりで一日終わるおじいちゃんたち。
でも、オトガルでBAGDAD行きの表記を見つけられなかったのは、あの日以来、 いまだに国境が開いていないっていうこと。
ラピスラズリや黄金でできたイシュタール門。南米ペルーと同じ葦の家で水の上に住む人々…。 やっぱりイラクに行って見たいな。今日もティグリス川を眺めながら、思い出します。
イラクへ入国できなかった事件は、私にとって自分ががんばっても努力しても、 どうにもできないことがあるんだなと、初めて思い知らされた出来事であり、 少なからず自分の人生が世界史上の事件に左右されたと実感した、悔しいけど貴重な事件でした。
いつか、私が元気で旅行できるうちに、あの国境を超えられたらいいなと思う、2001年の夏でした。

夕暮れのチグリス川 ディヤルバクルの城壁から
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BAZAARの風景 オールドキャラバンサライ
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イスタンブール・グランドバザールにて
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どこからどこまでが売り物なんでしょう
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ブルーモスク裏のアラスタバザール。冬はお客も少ない
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普通の土産物屋さんも、数世紀前からの店舗に納まって
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見上げると屋根のドームが美しくペイントされている
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ディスプレイを見るだけでも楽しい
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緑が美しい中庭に面して、商売よりもおしゃべりに忙しそう
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カイセリの古い隊商宿。今は事務所に使われている。
地下の馬小屋や埋め立てられていた
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ディヤルバクルのキャラバンサライ。
ロの字型の中庭はおじいちゃんたちの憩いの場
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少しでもスペースがあれば、どこでも絨毯屋さん
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今日はなに食べる?? ケバブ編
今日は何食べる?
屋台で乾杯!
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トルコ東部の町KARSのレストラン。
女性はあまりいない
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レンティル豆のスープ。
レモンをじゅわっとかけてさわやかに
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お酒を飲んではいけないイランでは、
とにかく何でも甘い
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ケーキはキロ単位で売られている
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アゼルバイジャンのシャシリク屋さん。
遠くからでもにおいでたどり着ける・・・
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トルコ・ディヤルバクル。
屋台なのに客席数100以上。これぞシシケバブという豪快な感じ
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グルジアの家庭では、ポテトとトマトが主役。
ボルジョミというカフカスのミネラルウォーターがおいしい
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こちらトルコの家庭料理。
みんなが同じお皿から直接食べるスタイル
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お昼のメニュー。
ドネルサンドはポテトフライが入っているとGood。アイラン
(ヨーグルトドリンク)には少し塩をふる
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ひき肉をピテパンで丸めて食べるラフマジュンは、
炒めあがったところを狙って注文
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イスファハン - 走れ!イランバス
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タブリーズの看板。ブルーモスクも今はタイルがはがれてレンガ色に
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イラン旅行はスカーフにロングコート。
レストランでもホテルでも女性は必ず着用
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イスファハン・マスジッドモスク。見事なタイル装飾に言葉をなくす
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みやげ物屋の看板代わりに飾られたランプ
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ホテルのサロンで詩を読んでくれる
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イランバスは飛ばす飛ばす!道はかなり良い
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追い越し追い越され、テヘランまで500キロのバスチェイス
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テヘラン市内はいつも渋滞
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ファルシー(ペルシャ語)ばかりのバスチケットのオフィス。
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アゼルバイジャンの古都 カスピ海を臨むバクー
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19世紀の建物が残る目抜き通り。20年前のトルコに似ていると言われるけど、
ソ連時代の雰囲気もたっぷり残る
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ほとんどイスラム圏を感じさせない服装。モスクなどもほとんどありません
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とにかく写真に写りたがり!
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駅のスタンドで。こちらのチャイはすこし大きめ
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中身のない揚げパン。でも名前はピロシキ。香ばしくて美味
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中央アジアではシシケバブじゃなくて、シャシリクという呼び名に
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毛皮の帽子。女性も男性もかぶっています
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左のおじさんが売っていたカスピ海の魚。淡水魚っぽい
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バクーのシンボル乙女の塔。港町として栄えていた頃の灯台のような役割
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乙女の塔からカスピ海を見下ろす。
目の前は中学の教科書にのっていたあのバクー油田
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帝政ロシアに統治される以前に栄えた旧市街。
バルコニーが突き出た建物が今も残っている
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城壁に囲まれた旧市街には、今も多くの人が住む。
おじいちゃんが何か話しかけてくれた
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もともと5つ星のアプシェロンホテルも今は2フロアの営業。
老朽化したエレベーターがおそろしい・・・
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旧市街のカーペットショップで
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おしゃれに新市街♪
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パリより古い最古の地下鉄は1両のケーブルカー
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レトロなトラムに乗り継いでタキシム広場へ向かう
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若者とカップルでいっぱい。観光客少なめ
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19世紀の建物がそのまま残る
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人の合間をぬってトラムがチンチン・・・
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こんな古いビルでも、中は最新ネットカフェ
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パン屋さんの店先では実演販売
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ヨーロッパへ服を輸出するので、
案外パリと似てたりも
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やっと目的地へ向かうバスを探し当て
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アタチュルク大橋のたもと、オルタキョイ。
海に面してちょっとロマンチックなカフェが並ぶ
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エミノニュはいつも大賑わい
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日曜日の午後、
とにかくモノ売る人でごったがえす
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人が集まれば、屋台もいっぱい
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キョフテ(ミートボール)
を炭火で焼いてパンに
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ジュース売りのおじさん。
背中のつぼから注いでくれる
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家庭の味はコレで決まる・・・
ミックススパイス
買いに来てるのはお父さんが多いのはなぜ?
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一番古いモスクのひとつなのに、イエニ(新しい)
という名前のモスク
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交通量が多いところは地下道で
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ガラタ橋の上では夏も冬も釣り。
小さいイワシが釣れる
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名物サバサンド。昔は手漕ぎボートだったのに、
今では屋根つきテレビ付きなのだ!
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油で揚げてから炭火で焼く。
100円くらいでボリューム満点。お腹いっぱいに
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夏は日よけのタープが張られる。
「ペルシャの市場にて」っていう曲を思い出す
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夕暮れ時はサバが焼けるのを待つ人と、
アツアツを食べる人で更に混雑
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レモネード。
中身はちょっと怪しいけど激安
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SU(水)を売る人。
左上にボンヤリ見える三角屋根がガラタ塔
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トルコではメロンといえばスイカ
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これがヘイゼルナッツ。夏の名物
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domotex2004
1月17-20日まで、ドイツ・ ハノーヴァーで開催されたDOMOTEXドモテックスというフェアに行って参りました。 世界で最大規模の、敷物の見本市です。機械織りの大量生産マットから、手織りの最高級絨毯まで、 世界中からありとあらゆる「敷物」がやってきます! わ~い華やか♪

上の写真は手織り&オールドのホールで撮った写真(本当は撮影禁止なんだけど)。
いったいどれだけの人、どれだけのお金、どれだけのカーペットが動くのか。想像するだけでワクワクします! 欧米のカーペット市場と敷物文化の奥深さを目の当たりにして、圧倒されっぱなしです~
見本市といっても、手織りのものはその場でどんどん売られていきます。百戦錬磨のバイヤーたちの、 買いっぷりはスゴイ!!

私がお手伝いにいったブースはこちら←。
キリムをはった木製家具とモルダヴィア、カラバーなどの大型キリムが中心です。 毎年訪ねてきてくれる古くからのお客さまも多くて、もっとも忙しいブースのひとつ!
開いたキリムを片付ける間もなく、次から次へと来客があってとにかく忙しいのです。おかげさまで、 4日間の開催期間があるのに、初日には持参した商品の半分がご売約です♪
これでも、今年はアメリカからの来客が少なくて、ソファーセットの予約が少ないんだそうです。
驚いたのは、カーペットの仕事をする人たちって、当たり前のようにトルコ語ができるんですよ!! さっすが~
キリムを選ぶ感覚とそのスピードも、関心させられます。勉強になるなぁ。
それにしてもヨーロッパの方が好む色調って、こんなにも日本と違うのね。 モルダヴィアの花のキリムは、ものすごく人気があるそうなんです。あぁ、 10M2もある大型キリムがばっちり納まったお部屋を見てみたいものです。
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黒海を超えてトビリシへ
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トルコ・トラブゾンを出発(2000.11)
いつもよりかなり早起きしてドルムシュ乗り場へ向かった。
歩いて国境を越えるなんて、いつ以来だったかなー。
国境越えは、旅行中もっとも気が引き締まるイベント。ちょっとだけ緊張する。
パスポート、お金、地図。トルコのお金を使いきって・・・ん、
たぶんこれでノープロブレムでしょう。いざ、国境へ!と思ったら、
乗り合いの人が集まらず2時間待ち。ま、急がない急がない。
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リゼ(トルコ)の町を出ると、
サルピボーダーまであと100キロちょっと。左手には黒海が広がってる。晴れてくれたので、
気分も爽快。山がギリギリまでせまってるところは、なんだか日本海みたい。でも、
海の向こう側はロシアなんだなぁ。
そう、ロシア!ソ連じゃなくてロシア! 今さらって言うかも知れないけど、私の頭の中の世界地図では、
まだその辺は旧ソ連ていう空白地帯のまま。今、目指しているグルジアだって、
独立国としてトルコの隣にあることを知ったのは、一週間前のことだった。
もっと新聞を読んどきゃよかった。
期待はあるけど不安はほとんどない。これも旅行の魔力か?
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グルジア入国。しばらく絶句。なぜって、言葉がわからないから。
想像以上に誰も英語なんて話さない。困った。それに、わっ、なんだこの文字??
バスの行き先もぜんぜんわからない。もし間違って、
ガイドブックのコピーを持ってない町に行っちゃったら、完全に迷子になっちゃうかも。
とにかく、ティフリスに行かなくちゃ! 地名だけは通じて一安心。
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トビリシ到着。ほんわかムードの田舎の風景に、
少しずつ馴染みつつあったグルジアだったのに、この地下鉄にはびっくりした。
これこそ想像してたソ連だ!
共産圏っていう言葉は、もう死語なのかなー。でも他に表現しようがないこのムード。なんか寒々しい。
それに、なんでこんなところにこんなにでっかい銅像が・・・。
建物って思っていたよりずっと、気持ちとか精神状態が反映されてると実感。
これからグルジアに新しくできる建物は、どんなデザインになるんだろう。この共産圏様式を、
まさかグルジアの人たちが気に入ってないことを願ってしまう。
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バスターミナルに並ぶ両替屋さん。ほかにも、
町中どこでも両替屋だらけ。よく見てるとグルジアの人も、ちょくちょくドルを両替してる。
そのお金どこで手に入れたんだろう?外国人がそんなにいるとも思えないし、なんか不思議。
お店も値段がドル表記のところが多い。洋服、靴、CD、電化製品・・・。
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すごく当たり前だけど、自分の国の言葉を話して、読んで、
書くってことは大切だな。ヨーロッパみたいに言葉は違っても同じラテン文字を使ってるとか、
アラビア語みたいに何カ国もの人が話してるとか、古い文字を捨ててしまったりとか。
それに比べるとグルジア語は、なんだかすごく貴重な言葉に感じてしまった。今は、
何人ぐらいの人が使ってるんだろう。
でもグルジアにはたくさんの民族がいてまだまだ紛争が起こったりしてるから、
自分の言葉が話せていない人もいるのかもしれない。知識不足でよくわからないのがちょっと悔しい。
もう誰も使わなくなった言葉っていうのが、これ以上増えなければいいなと思う。
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グルジアにきて困ったことのひとつは、 レストランがあんまりない。屋台もない!
食べる・飲むが、旅行の楽しみの半分ぐらいになってるのに、これはかなりつらい。 パンを買って部屋で食べるのもさびしいし、お風呂に入れないよりつらい。 町中食べ物で溢れてるアジアが恋しいよぉ。
数回しか食べられなかったけど、グルジアのシチューはおいしかった。 肉と野菜をパプリカで煮込んだ上に、生コリアンダーがいっぱいかかってる。 ロシア料理に近いのかなー、でもタイ料理にも似てる。コリアンダー(パクチー) がダメな人には、いっそうグルジアはつらいかも。
ま、料理はさておき、お酒はいろいろ。ビール、ワイン、ウォッカ・・・。格安! グルジアの人もかなり飲んでる。さすが、非ムスリム!それにしても、 なんだか陽気な人たちだなあ。
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不思議だな。シルクロードの途中、
つまりアジアの端のほうだと思っていた場所が、すっかりヨーロッパ。
教会を見ただけでヨーロッパだと思っちゃう自分も、日本人ぽいなと思う。んー、
でも宗教が違うとなんで洋服とか食べ物まで違っちゃうんだろう。隣の国なのに。
旅行中、ときどきすごく勉強したくなることがある。歴史のこと、宗教のこと、それから言葉・・・。
トビリシに来て、またまたそう思った。未知の国に来るってやっぱりすごい。
どんなに自分の固定観念を押し通そうと思っても、だめだもんね。
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- トビリシ滞在の一番の楽しみは、なんといっても温泉!
スチームバスのサウナに近いハマムと違って、湯船つき。(あまり入っている人はいないけど)
公共浴場は個室もあるけど、人気は共同浴場。
ああ、さっぱり。今日はフルーティな白ワインにトライ。
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大雪& 停電で大パニック!!
オールドカイロを歩く
この10年ですっかりヨーロッパ化してしまったイスタンブールからやってくると、 カイロの騒々しい雰囲気は少しも変わらない。きっと数世紀前から同じなんでしょうね・・・それがちょっと嬉しかったりして。
エジプト・カイロはピラミッドばかりじゃありません。 古代エジプトの文明がすっかり忘れ去られて(砂に埋まってたんですよね)、 荒涼とした砂漠にカイロの町が築かれたのは約1400年前。 アルフスタートがウマイヤド王朝を開いてからの歴史がぎゅっとつまっているのが、イスラミック・カイロです。
中東随一といわれる巨大スーク(市場)ハーン・アル・ハリーリは、このイスラム地区の中心! 観光客向きのお土産から庶民の生活グッズ、もちろん食品までなんでも揃います。 毎日通いつめても飽きません!(^^)!
ショッピングが楽しいのはもちろんですが、ここはちょっと文化的に(?)イスラミック・カイロの歴史的な建築を見学。 歩き始めるのは、暑さのピークが過ぎた遅い午後、傾いた陽がミナレットのレリーフの陰影を写しだすころがおすすめ。
カイロ最古のアズハルモスク。現在は神学校になっていて、特にコーランの研究で有名。 たくさんのムスリムが巡礼にやってきます。このモスクから流れるエザン(お祈りの声)が、上手に聞こえるのは気のせいかな? しびれます。
美しい世界遺産でありながら、今も生活の中心にある感じが素敵!脇の細い路地を入っていくと、まるで映画のセットのよう。
ハリーリの路地からアルフセイン広場へ。
アル・ムヤイヤドモスクにつながるズワイラ門。
レンガの色だけで遺跡といった雰囲気の古いモスクも、 ナポレオンの時代にカイロに来たフランス人が描いたスケッチを見ると、赤や緑で一面に彩色されていたんですね。 きっと華やかだったろうな~。今でも歩いていると、ところどころで壁面に色が残っているのを見かけて、 あーこんな感じだったのかなと想像してみます。
そうそう、このズワイラ門の近くにはトルキッシュバザールと呼ばれる通りがあります。 売っているのは綿製品ばかりなのですが・・・屋根つきのアーケードになっているところがトルコ風なんだとか。
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| シタデル(城塞)にそびえるムハンマドアリモスク。 オスマン帝国統治時代のトルコ風のスマートなミナレットが特徴。 |
デジタルカメラのモニタが見たくって集まってくれた女の子たち。ちょっとづつだけどみんな英語がしゃべれます! |
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メデルサ・スルタンハサン。 イスラム建築の最高傑作のひとつですが、暗くなってしまって見られず。残念。
青い空に突き抜けるように建つミナレットを見ると、異国情緒というだけでなく、 何か神秘的な気持ちになる。これもイスラム的なものに惹かれていく魔法なのかなぁ?
写真にはおさまりきらない香りや音、光のやわらかさ。この空間から立ち去りたくない!と思いつつ、 そろそろにぎやかなバザールへ帰らなきゃ。
久しぶりの観光とのんびりした午後に満足満足♪
またきっと来るからね。
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